労働者の安全を守る
労働者の健康に被害が及ぶと、農場経営に深刻な影響が出ます。労働災害を起こさないためにも、農作業中の事故を防ぐためのルールをきちんと作りましょう。
[事例1]草刈機を使用しているときに、不用意に声を掛けたら大ケガを負った
Aさんが農場の草刈りをしているとき、後ろからBさんに声を掛けられました。Aさんはそのまま草刈りをしながら振り向いたところ、勢いで草刈機がBさんの足を直撃しました。Bさんはスネを切る大ケガを負いました。

なぜこのような事故が起こってしまったのか?
Aさんは、周囲に人がいないことを確認するなど、作業者の注意事項に十分注意を払って作業をするとともに、作業を一時的に中止する場合は、一旦、機械の操作をやめるべきでした。
一方、草刈機を使用しているときはエンジン音がうるさく、声を掛けられてもあまり聞こえません。また、集中して作業をしていると、周囲に気が回らないこともあります。
Bさんは、Aさんの真後ろから近づいて声を掛けたため、草刈機の直撃を受けました。距離がもう少し離れていれば、逃げることもできたかもしれません。
どのように声を掛ければ、よかったのか?
基本的に、草刈機の使用者へ声を掛けるときは、使用者の前方から行うべきです。それも身振り手振りをしながら遠くから近づき、あまり近くないところで声を掛けます。決してBさんのように後ろから突然声を掛けてはいけません。
どのような取組が必要か?
危険が伴う作業では、危険を把握し作業環境を改善するため、次のような取組を継続的に行いましょう。
- ①危険な作業・危険な箇所、危険な機械・器具、危険物を洗い出す
- ②具体的なリスク(どんな事故が起こるか、どれくらい起こりやすく影響が大きいか)を考える
- ③危険を除去したり低減するための対策(農場のルール)を設定する
- ④事故が起こりやすいところに注意喚起等の掲示をし、農場のルールを周知する
[事例2]殺虫剤を散布をしたら、気分が悪くなった
C農場では、害虫駆除のためごぼう畑に殺虫剤の散布作業を行うことになりました。
殺虫剤は粒剤だったため、ラベル上ではマスク着用を求められていましたが、作業員2名はマスクは使用せず、長袖シャツと長ズボンの上に不浸透性のゴム製の手袋をしていました。また、防除衣類を身に着け、足元はゴム製長靴、さらに帽子を被っていました。作業は、午前9時過ぎから夕方の5時前まで行いました。
作業が終わって自宅に戻った2名は、シャワーを浴び、午後7時半ごろに夕食を取りましたが、その後、気分が悪くなり救急車で病院に運ばれました。
気分が悪くなった原因は?
防護服を着ていたのに気分が悪くなった理由を考えてみましょう。
- 粒剤であってもマスクが必要だった
- 作業者および作業指示者に殺虫剤の有毒性に関する知識が乏しかった
- 顔や手足を洗うための施設がなかった
- 作業時間が長すぎた
様々な原因が考えられますが、そのうち重要と考えられるのは、適切な保護具を着用していなかったことです。
マスクを着用しなかった理由として、関係者に殺虫剤の有毒性に関する認識がなかったことと、作業者に対して事前に取り扱いに関する注意事項の教育を実施していなかったことが挙げられます。また、散布作業を行ったほ場の近くに、作業途中および作業終了後に体を洗ったり、うがい等ができる設備が整備されていなかったことも原因となります。
どのような取組が必要か?
まずは、殺虫剤の有毒性に関する認識を事業者も作業者も持つようにしましょう。
そして、防除作業を実施するときは、農薬を受ける量をできるだけ少なくするよう、以下のものを装着して作業を行うことを、農場のルールとして徹底します。農薬のラベルに記載がある保護具は必ず着けましょう。
(保護具の例)
-
①防護服(防護用エプロン:不浸透性)
-
②防除用眼鏡
-
③ゴム手袋
-
④長靴
-
⑤マスク(国家検定品で農薬用のもの)
-
防護マスク(ガス用)
-
防護マスク(粉剤・液剤用)
-
防護マスク(液剤、粒剤)
-
-
⑥帽子またはヘルメット
[事例3]トラクターで昇降路から道路に出ようとした際に横転して全身大ケガを負った
ブロードキャスターを付けたトラクターで田んぼに肥料を散布するために、昇降路から道路に上るときに起きた事故です。
Dさんは、散布が終わった田んぼから移動するため、いったん昇降路から道路に出ようとしました。そのとき、道路上を乗用車が走ってきたため急ブレーキをかけたところ、トラクターが横転し、Dさんはその下敷きになりました。Dさんは、全身にケガを負い、数か月の入院をすることになりました。

なぜこのような事故が起こってしまったのか?
トラクターは重心が高いため、自動車と比べて横転しやすい構造です。今回の事例のように作業機を装着して昇降路を上るような場合は特に不安定になりがちです。トラクターで作業するときは、このことに注意しながら運転する必要があります。さらに、舗装道路、坂道、泥道、砂利道、狭い道、斜面といろいろな道を速度調整しながら走行します。常に危険と隣り合わせの運転だということを自覚する必要があります。
今回、なぜこのような事故が起こってしまったのでしょうか。一般的には次のような要因が考えられます。
- トラクターに安全フレームや安全キャブを装着していなかった
- シートベルトを着用していなかった
- ブレーキの連結ロックをしなかった
- スピードが出ていた
- 一時停止をしなかった
- 変速しなかった
- 運転技術が未熟だった
- 疲れていて運転に集中できなかった
原因は片ブレーキとスピードの出し過ぎ
回復したDさんから事情を聞いたところ、次のことがわかりました。
トラクターには、安全フレームや安全キャブは装着されておらず、Dさんはシートベルトを着用していませんでした。また、Dさんは、昇降路を上るとき、ブレーキの連結ロックはせずに片ブレーキの状態でした。加えて、主変速は高速のHに入れたまま、副変速も3のままでした。そのためスピードが出たまま一気に昇降路を駆け上がり、その後、急ブレーキをかけたため、トラクターが急激に横ずれ・横転し、Dさんは投げ出され、トラクターの下敷きになったのです。
どのような取組が必要か?
トラクターによる事故の半数は、転倒または転落による事故といわれています。作業者自身が十分気をつけて運転することはもちろんですが、装備で防げることがあれば、それらを装備することも大切です。
たとえば、トラクターの転倒・転落対策としては、以下のようなものがあります。
- 作業時・移動時に関わらず安全フレームや安全キャブを装備し、併せてシートベルト、ヘルメットを着用する
- 作業時以外は、左右のブレーキペダルを連結ロックにする
- 急な坂道や狭い道等の路肩を走行する際は、速度を落とす
- 必ず両手でハンドルを握る(片手ハンドル禁止)
- 子供をトラクターに乗せない

[事例4]ポテトピッカーのローラーに手が巻き込まれてしまった
ポテトピッカーで作業しているときに、茎除けローラーに茎葉が引っかかっていたのを見つけ、取り除こうと、つい手を差し入れてしまいました。エンジンがかかった状態だったため、ローラーに手が巻き込まれ、手首を挫滅してしまいました。
なぜ手を入れてしまったのか?
使っていたポテトピッカーは、ガードの隙間が大きく、詰まっている状態が見えるので、つい手を入れて取りたくなってしまう構造でした。

改善策は?
見えると取りたくなるのは、心情です。そこで、ガード部分にシートをかけて見えないようにしました。見えないと、危険を感じて手を入れないようになります。また、詰まったときの対応は、運転者のみとし、補助者が運転中にこのような行為をしないように取り決めます。
やり慣れた作業としても、エンジン停止、安全装置の設置、安全の確保を確実に実施することで、ケガや死亡事故を防ぐのです。

慣れによる油断をなくす
本来、機械等のエンジンを停止すべきときに「エンジンを停止せずに」事故が起こった事例は多くあります。たとえば、コンバインの籾排出の確認で指が巻き込まれる、草刈りの途中で汗を拭うためにエンジン回転を落として防護メガネを取った際にチップソーの破片が飛んできたなど、慣れによる油断は危険です。
必ず、いったんエンジンを停止してから点検などの作業を行いましょう。
※出典 農作業安全情報センター (https://www.naro.affrc.go.jp/org/brain/anzenweb/)
[事例5]ほ場内にある切り立った崖から転落した
E農場ではスマホで作業記録を取っており、いつも作業終わりに作業記録を入力していました。
ある日の夕方に、E農場の従業員がスマホに記録を付けながら歩いていました。E農場のほ場には、一部に切り立った崖があり、普段は認知しているのですが、その日はスマホを見ていたため、崖の近くに寄ってしまい、崖から転落してしまいました。幸い大きなケガはなく、打撲だけで済みました。
転落した原因は?
歩きスマホも一因ですが、ほ場内のいつも歩いている場所ということで、特に注意も払わずに歩いていたことも一因です。ただ、これは本人の責任のほかにも、危険個所であるということを認識できるような措置が取られていなかったことも原因の一つです。慣れた場所でも危険個所である認識を持つことが大事です。
どのような対策が必要か?
人は、見慣れた作業環境だと、危険に鈍くなります。危険な場所は、危険と認識できるようにすることが大切です。
ほ場では、まずはロープを張って危険区域を表示することです。事故を未然に防ぐアプローチ、危険個所の表示から始め、最終的に本質的な改善を目指します。

コラム【農業では他産業に比べて事故死亡率が圧倒的に高い】
農林水産省では、令和2年1月~12月の1年間に起こった農作業死亡事故について取りまとめた結果を発表しました。

毎年300人程度が農作業中に死亡
農作業死亡事故は、毎年300人程度発生しており、令和2年では270人が死亡しています。年齢階層別では(右図参照)、65歳以上の高齢者による死亡事故が全体の84.8%を占めていることがわかりました。
事故区分別では、農業機械作業によるものが69%、農業用施設作業によるものが3%、それ以外の作業(熱中症、焼却中の火傷、高所や道路からの転落など)によるものが28%で、農業機械作業の事故の多さが顕著です。

他業種と比べて圧倒的に高い事故死亡率
農業従事者10万人当たりの死亡者数は、高所作業などの危険が多いとされている建設業と比較しても2倍程度で、全産業平均から見ても突出して多いのです。
農業では高齢の従事者も多く、一人で複雑な機械の操作などを行うことも日常的にあり、身体的な衰えを自覚せずに死亡事故につながっている部分があると考えられます。

高齢になると身体的能力と精神的能力の衰えを自覚する
高齢になると、視覚、聴覚、筋力、敏しょう性、平衡感覚、柔軟性などの身体機能の衰えとともに、判断力や持久力、記憶力といった精神面・知識面の能力も低下していきます。このため、一般的に、年齢が高くなるほど事故を起こしやすくなり、ケガの程度も大きくなる傾向があります。
これを防止するためには、高齢者の方は、自らの体力や能力が若い頃とは違うということを十分に自覚したうえで、余裕をもった作業を心掛けることが重要です。
農作業するときの注意事項
農作業死亡事故を減少させることは喫緊の課題です。そのためにも、すべての農業者が安全に農作業をできるよう取り組むことが重要です。
たとえば、次のようなことに取り組んでいきましょう。
- 安全性の高い農業機械を導入する
- 路肩の草刈り、危険場所の明確化などで作業環境を改善する
- 講習会等で安全な農作業に必要な知識や技術を習得する
- 一定の条件を満たせば自営農業者でも加入できる労災保険の特別加入制度へ加入する
- 危険な作業は、高齢者や未熟な者に担当させない
- 危険性の高い作業を行う場合は、二人以上で組んで作業する
- 農作業を軽労化・自動化するアシストスーツや小型作業ロボット、ドローン等を導入する