環境を保全する
農業は自然環境と深い関わりのある産業です。肥料や農薬などを過度に使用することは、環境への影響を生じる可能性があります。
将来にわたり農業を続けていくためにも、自然環境への負荷をできるだけ抑える農業を目指しましょう。
[事例1]養分過多の土壌が、農作物と環境に影響を与えていた
大規模農場を営むA農業法人では、作物の品質や収穫量の向上のために土壌の健康診断(土壌診断)を実施することにしました。
無作為に抽出した露地栽培の畑4か所とビニールハウスの畑1か所の土壌について、調査会社に土壌分析を依頼しました。その結果、地域の基準値よりも土壌中の養分が大幅に多く、養分過多の状況にあることが分かりました。

養分過多な土壌によって起こる問題点は?
養分過多になった土壌は、農作物の収穫に悪影響を与えるだけでなく、環境汚染にもつながります。それでは、実際に、どんな問題を引き起こすのでしょうか。
- 地下水汚染
- 土壌の養分バランス等の悪化
- 病害虫・雑草の発生
- 作物の品質低下
- 収穫量の減少
不適切な施肥が影響?
では、何が原因で養分過多になったのでしょうか。A農業法人では長年、土壌診断をせずに施肥を繰り返している場所も多く、特定の肥料成分が過剰になっていたことが判明しました。
「肥料はやればやるほどよい」のではなく、適切な量をバランスよく施用するのが大切です。作物に合った土を作ることや適量の肥料を与えることによって、作物は健康に育ち、結果的に肥料のコスト削減にもつながります。
土壌診断を行い適切な施肥を!
土壌の性質は、物理的性質(保水力、硬さ、団粒構造など)、化学的性質(土壌成分や養分など)、生物的性質(小動物や微生物の種類や量など)の3つの面があり、それぞれの性質に合わせた措置が必要です。たとえば、物理的性質を例に挙げると、排水性の悪い農地であれば、そうした環境に適した作物を栽培したり、農地の排水性をよくしたりするなどの措置が必要です。
また、A農業法人の農地のように長年、土壌診断をせずに施肥をし続けると、作物が吸収しきれない肥料成分が土壌に溜まり土壌の養分バランスが偏り、農作物の栽培に悪影響を及ぼすことがあります。また、過剰に肥料を与えることは、病害虫・雑草の発生につながるだけではなく、養分が浸透して地下水汚染にもつながります。その地下水を水資源として生産していれば、悪循環が続いてしまいます。健全な農業経営を続けるためにも、定期的に土壌診断を行い、常に土壌を健康に保ちましょう。
[事例2]廃棄物を農場内で焼却したら、大気汚染だというクレームがあった
Bさんは、田んぼのあぜや農地で刈り取った雑草、農道に生い茂った木から伐採した枝などがたまってきたので、農地内で野焼きをすることにしました。天気の良い日に、雑草のほかに、ついでに廃棄し忘れた使用済プラスチック袋や容器、ビニールハウスのビニールも一緒に焼却しました。
そうしたところ、近所の住民から、煙が流れて室内に入ってきた、洗濯物にすすや臭いがついた、異臭がする、大気汚染などというクレームがきました。

何がいけなかったのか?
まず問題になるのは、使用済プラスチック袋や容器、ビニール類の焼却です。これらのプラスチック類・ビニール類は産業廃棄物にあたり、少量であっても野焼きすることによって大気汚染を引き起こします。
「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」の不法焼却に該当し、罰則の対象になります。
大気汚染にもつながる野焼き
農場で廃棄物や枯れ草などをむやみに焼却することは大気汚染にもつながります。特に廃棄物は、廃棄物処理の管理計画に基づき適切な処理を行うとともに、枯れ草になる前に草刈りなどを行って焼却機会を減らす必要があります。
野焼きは、「農業、林業又は漁業を営むためにやむを得ないものとして行われる廃棄物の焼却」としては認められていますが、「周辺住民の生活環境に与える影響が軽微なもの」に限られています。
今回の事例は「軽微なもの」であったでしょうか。実際には、どの程度までならいいかという明確な線引きはありません。住民とのトラブルを防ぐためにも、風のない日に少量ずつ焼却する、廃棄物処理業者に回収してもらうなどの対策を考えましょう。
[事例3]地域ぐるみで鳥獣被害対策を行う
三重県ではシカによる深刻な農業被害への対策として、鳥獣被害の軽減を図る社会実験が6年間行われてきました。特に伊賀市ではシカの個体数管理を含め、地域ぐるみでの被害対策が進められています。
地域ぐるみで対策を進め、追い払いや集落の侵入防止柵の設置をはじめとした、生物多様性に配慮した被害対策がとられました。
獣害の発生原因とその改善
シカなどによる鳥獣被害の発生する場所(=鳥獣が好む場所)は、「①採食可能な場所」と「②安全な場所」の2つの条件を満たす場所と想定されます。まずは、この2つの条件を満たす場所をなくしていくことが対策として実施されました。同時に、「生息環境管理」と「個体数管理」も行うこととしました。
具体的な対策は?
[1]エサ場をなくす
私たちが住む場所には、我々が気にしていなくても鳥獣のエサになっているものがあります。
たとえば、収穫後の稲の再生株(ヒコバエ)。耕起してない水田には再生株が発生し、シカやイノシシ、サルなどの格好の「エサ場」になります。このような鳥獣のエサになりそうなものは取り除くことが重要です。

[2]侵入防止柵は正しく設置する
電気柵があっても1段目が高くなっていたり、あるいは1段目と2段目の幅が広かったりと、鳥獣の侵入が可能になっている状態ではありませんか。金属柵などの物理柵を含め、侵入防止柵は対象となる鳥獣に合わせて正しく設置することが必要です。
[3]茂みなどの隠れ場をなくす
耕作放棄地や藪などの隠れ場になる場所は、雑草を刈り払って、見通しの良い場所にしましょう。
[4]サルを見たら必ず追い払う
サルが出没したときに、正しく追い払わなければ、「また食べられる」「人は怖くない」と学習してしまいます。必ず、出ていくまで追い払うことが重要です。
[5]加害している個体を適切に捕獲する
捕獲の目的は捕獲数を増やすことではなく、加害個体を捕獲し、農作物被害を減少させることです。たとえば、山奥にいるシカやイノシシではなく、農地に出没する加害個体を適切に捕獲することが重要です。
このような、PDCAを意識した対策を地域ぐるみで行うことにより、効果的に鳥獣被害を減らすことができました。
※参照 兵庫県立大学 山端直人 作成資料
[事例4]IPM実践の実例
IPMは、Integrated Pest Managementの略語で、日本語では「総合防除」とか「総合的病害虫・雑草管理」などと呼ばれています。農作物の病害虫防除に関し、天敵などの生物的防除、防虫ネットなどの物理的防除、殺虫剤などの化学的防除、栽培法や抵抗性品種の選定などの耕種的防除など、利用可能な全ての防除手段について経済性を考慮しつつ検討し、適切な手段を総合的に講じることにより、病害虫・雑草の発生を経済的な被害が生じるレベル以下に抑制する手法です。
化学農薬のみに依存した病害虫防除と比較し、人の健康に対するリスク、ほ場やほ場を取り巻く環境(周辺動植物、土壌、河川等)への負荷を可能な限り軽減し、生態系が有する病害虫・雑草の抑制機能を可能な限り活用するものとなります。
化学農薬以外の防除手段を活用したIPMの事例を紹介します。
天敵を利用したイチゴ栽培:JA三島函南イチゴ組合(静岡県)
[背景]
この地区ではイチゴ生産者の高齢化が進み、イチゴ栽培時の薬剤散布の労働負担が大きな問題となっていました。また、難防除害虫の抵抗性の発達等により、化学農薬への依存に対する危機感が生産者の間で広がり、化学農薬の依存から脱却を図るべく、IPM技術の導入の取組が始まりました。

[導入したIPM技術]
ハダニに対する天敵の導入(平成18年~)
天敵昆虫を中心とした防除を採用し、難防除害虫のハダニに対して、天敵(チリカブリダニ、ミヤコカブリダニなど)の導入及び化学農薬に頼らない防除方法の検証を行いながら取組を進めた結果、平成24年以降は組合員全員がこれらの天敵を使用しています。
微生物農薬(バチルス菌)の暖房機の送風用ダクト内への投入による防除の推進(平成18年~)
収穫期イチゴの主要病害であるうどんこ病や灰色かび病の予防対策として、微生物農薬(バチルス菌)の暖房機の送風用ダクト内への投入による防除を推進しました。
アザミウマに対する天敵の導入(平成29年~)
難防除害虫のアザミウマが問題となり、天敵(リモニカスカブリダニ)の導入及び化学農薬と組み合わせた防除の検証を行いながら取組を進めた結果、令和2年の使用率は90%以上となりました。
イチゴ苗の高濃度炭酸ガス処理の導入(平成30年~)
難防除害虫であるハダニを本圃へ持ち込まないようにする対策として、イチゴ苗の高濃度炭酸ガス処理を導入しました。当組合の7名の生産者農家が使用し防除効果が高く、ハダニに対する農薬散布回数を減らすことが可能となりました。
[効果]
- 化学農薬の散布回数の減少(約33%減)
- 生産コストの削減(約12%減)
- 作業効率の向上による労働時間の削減(約35%減)
高品質のイチゴの生産が可能となり、安全・安心なイチゴが生産されています。
さまざまな防除技術を組み合わせたアスパラガス栽培:JA壱岐市アスパラ部会(長崎県)
[背景]
消費者の健康志向による、化学肥料・化学農薬の使用を控えた農作物へのニーズの高まり、また、化学農薬だけでは防除が困難な難防除病害虫がこの地区で発生したことを受け、防除方法の見直しを進めました。

[導入したIPM技術]
- 防草シートを使った雑草の発生抑制
- UVカットフィルムの利用による害虫の侵入抑制
- 黄色防蛾灯による蛾の侵入抑制
- フェロモントラップによる害虫の誘引・捕獲
[効果]
- 化学農薬の使用量削減(殺虫剤使用回数の減少)
- 農薬散布の作業時間の削減
- 農薬散布の経費削減により生産コストも削減
- 病害虫の被害の減少
※出典
静岡県ホームページ「環境保全型農業と病害虫被害防止を両立させる取組み(IPM)」
(https://www.pref.shizuoka.jp/sangyou/sa-325/kankyo/documents/mishimakannamiichigo.pdf)
農林水産省ホームページ「地域におけるIPM推進の取組事例」
(https://www.maff.go.jp/j/syouan/syokubo/gaicyu/g_zirei/pdf/nagasaki.pdf)
[事例5]水田からのメタン発生量を減らす
メタンは主要な温室効果ガスの一つで、その温室効果は二酸化炭素の約25倍といわれています。水田からのメタン発生量は日本のメタン排出量の約4割を占めています。このため、農業分野からの温室効果ガスの排出を削減する上で、水田からのメタン発生量を削減することは重要です。
水田からメタンが発生する仕組み
メタンは水田でメタン生成菌の働きにより生成されます。メタン生成菌は酸素があると活動できないため、田植え直後の水田など、土壌に多くの酸素が含まれていれば、メタンはほとんど発生しません。
しかし、水田に水を張った状態が続くと、稲が呼吸のため酸素を取り込むことで、徐々に土壌の酸素が減っていきます。酸素がない状態になると、メタン生成菌が土に含まれる稲わらなどの有機物を分解することで、活発にメタンを生成するようになります。メタンの発生を抑えるためには、土壌に酸素を行きわたらせ、メタン生成菌の働きを抑える必要があります。

中干しの期間を1週間延長することで30%の発生削減
稲の栽培中に水田の水を抜き、土壌を乾かす中干しは、倒伏の防止や過剰な分げつの抑制などを目的として、慣行的に1週間~10日程度行われています。この期間を延長して土壌に酸素を行きわたらせるとメタンの発生量がどのように変化するかという実証実験が行われました。
山形県から鹿児島県までの8県9か所で、慣行の中干し期間と延長した中干し期間で稲の栽培を行い、期間中のメタン発生量を測定したところ、慣行の日数に対して中干しを1週間延長することで、栽培期間全体のメタンの発生量が約30%削減されることが示されました。
収穫量については中干しの期間を延長しても大きく損なわれることはなかった一方、タンパク質含有量が若干少なくなるなどの品質の向上が示されています。
稲わらのすき混み時期の変更も合わせて行うと、より効果的!
メタンは、稲わらなどの有機物が、酸素のない環境で分解されることで発生するため、稲わらの投入時期を変えて酸素のある環境で分解されるようにすれば、メタン発生量の削減につなげることができます。
これまでは春に行っていた稲わらのすき混みを、秋の収穫後すぐに行うようにすると、冬の間に稲わらが土壌に酸素がある状態で分解されることにより、メタン発生量が約50%削減されるという研究結果があります。
中干し期間の延長と合わせて取り組むと効果的です。
※出典
「農研機構農業環境研究部門【地球温暖化対策】水田メタン発生抑制のための新たな水管理技術マニュアル(改訂版)」(平成24年8月)
(http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/techdoc/methane_manual.pdf)
「農環研ニュースNo.88 2010.10」
(http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/sinfo/publish/niaesnews/088/08806.pdf)
コラム【未来への架け橋「みどりの食料システム戦略」】

農林水産省は、令和3年5月、持続可能な食料システムの構築を目指して「みどりの食料システム戦略」を策定しました。
現在、我が国の農業は、生産者の減少・高齢化が進み、今後さらに農業の担い手不足・労働不足が見込まれ、それに伴って地域のコミュニティも衰退しつつあります。一方で、気候変動や地球温暖化によって、農産物の品質が低下したり、相次ぐ大規模自然災害で農場が被害を受けるなど、農業は環境から大きな影響を受けています。加えて近年の新型コロナウイルス感染症の影響で、世界の食料サプライチェーンが混乱するなど、農業を取りまく状況は大きく変化しています。

将来にわたり食料の安定供給と農林水産業の発展を実現させていくためには、労働生産性の向上や環境負荷低減を図り、災害や気候変動に強い持続的な食料システムを構築することが急務です。このため、食料・農林水産業の「生産力向上」と「持続性」の両立をイノベーションで実現させる戦略として、「みどりの食料システム戦略」を策定しました。
「みどりの食料システム戦略」は、自分たちだけでなく、次代を担う子どもや孫、また地域コミュニティにとって、将来にわたり安心して暮らせる地球環境の継承につなげていく、未来へ向けた架け橋です。
GAPに取り組むことも、この戦略の目標達成に資する環境負荷低減等の取組を生産現場で実践する重要な手段といえます。

※出典 農林水産省「みどりの食料システム戦略 戦略の概要とめぐる情勢」